自然食業界キャリア15年のOBが綴る

旬や鮮度が大事な意味・食は栄養ではなく生命を頂く営み!

2018/12/16
 
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生協、有機野菜の宅配団体などに15年在籍し、自然食業界の裏表を目の当たりに。本当に安全に食べられる食材とは何か?日々追求しています。

食材とクスリの境界が曖昧になっています。食べるとは細かな栄養を体に入れることなのか?もしそうなら食材の必要はなくサプリ食で充分ではないか?ココでは栄養と生命の違いについて考えてみます。

■目次
1、旬や鮮度が大事な理由は!?
2、フランス料理の中心テーマは!?
3、キケンな航海・最大の獲得物は!?
4、食の本質とは何か?栄養か生命か?
5、自然との接点が大切な理由を古代に学ぶ!
6、自然物と人工物、癒しとストレスとの違いは!?
7、自然から遠いからこそココは手を抜かない!
8、あの挨拶に込められた意味から食の本質をひも解く!

食材選びの判断基準。

 

あなたが野菜やお米を買う際の「判断基準」は何でしょうか?

 

「それはもちろん価格だよ」
「安くても美味しくないのは嫌だわ」
「農薬は避けたいし、添加物がないものが良いよ」

 

このように様々ではないかと思われます。でも、

 

”旬”や”鮮度”も大切ではないでしょうか?

 

「世界一うるさい消費者」、日本人はそのように言われます。理由は、旬や鮮度へのこだわりが他とは比べものにならないからと説明されるのです。

 

確かに私たちは旬や鮮度には強いこだわりがある。あまりに当たり前になっているので、どうしてそうなのか?についてはあまり意識していないようにも思えます。

 

そこで今回は旬や鮮度にこだわる理由から、日々口にするべき食材の意味について考えてみたいと思います。

 

■重視されるのは!?

豪華絢爛で料理界の最高峰。

 

フランス料理はそんな風にいわれます。

 

大事な人との会食には最高のおもてなしの意味を込めて、フランス料理で!そういう方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

“おフランス”なんて言うくらいですから、実にステイタスの高い料理法といえるのです。

 

そんなフランス料理なのですが、「旬」がテーマになることはあまりない。あまりないどころか、旬という概念はこの料理には存在しない。

 

これはフランス料理に限らず、欧米の料理法に共通したもので、旬などテーマにならないわけです。

 

なぜそうなのか?その理由をいうと・・・、

 

「保存が大事」だから。

 

他にはあまり重点が置かれず、保存ばかりを重要視している。そうした料理法といえるのです。その背景にはヨーロッパ独特の気候風土があるのです。

 

■危険覚悟で!

ヨーロッパは乾燥地帯。そのため食用植物に恵まれない土地がら。

 

緑が繁茂する私たちの国とは全く気候条件が違うのです。

 

厳しく乏しい食糧事情、その中で必要な食糧を確保する必要があった。家畜や酪農をすることにより動物性タンパクに依存せざるを得なかった歴史があるのです。

 

そこで課題になるのが「保存方法」。いかに食材を長期保存させられるか?それが生き残りを賭けた最大の課題となっていたのです。

 

長期に食べものを保存する。その使命のもと、ヨーロッパ人は命がけの航海に出ました。中世ヨーロッパの偉人、マルコ・ポーロやバスコダ・ガマなどの「大航海時代」。キケンな航海、その最大の獲得目標は香辛料だったのです。

大航海時代

 

中でもコショウは最大のもので、“コショウ一粒は金一匁”と言われるほど、貴重で重要な食材だったのです。

 

コショウには殺菌成分が豊富に含まれているため、家畜の肉を長期保存するためには欠かせないアイテム。

 

“ヨーロッパ人の生存はコショウに賭かっている”、そう言っても過言ではないほどの最重要スパイス。だからこそ危険を顧みることなくハイリスクな航海を敢行したわけです。

 

■食の本質は!?

ヨーロッパでは食材の保存に重心が置かれるあまり、旬や鮮度には正直関心がない。

 

それに対して私たちの国・日本は太古の昔から食用植物が潤沢なお国がら。葉物類、根もの類、果菜類、穀類、果実と実に豊富な植物資源に恵まれていたわけです。

 

こうした中、重視されるのは「旬や鮮度」

 

四季の別がハッキリし、海の幸、川の幸、山の幸、田畑の幸といったように季節ごとの恵みを享受できる。

そんな私たちは日本人は、旬や鮮度に何を求めるのでしょうか?

 

それをズバリ!言うと、

 

「生命力」。

 

自然が育んだ力の結晶である食材、その力が強い状態の内に体に入れたい!旬や鮮度を大事にする根底にはこうした意識があるのでしょう。

 

食べるとは大自然のエネルギーが充満したままの生命を体に充填すること。些末な栄養成分とか、何かに効くとか、そういった類いのものでは断じてない。

 

大自然の力を体内にそのまま送り込む、それが日本人にとっての食の意味ではないでしょうか。

 

■力を全身に浴びて!

これは食べものに限ったことではありません。

 

古代の日本人は野原で1日中遊ぶことを意識的に行っていたようです。「野遊び」とか、「野駆け」といったように、古典で見かける言葉です。

 

意味は読んで字のごとく、“野原で遊ぶ”ということですが、単純に遊ぶだけの享楽ではない。

 

それは自然のエネルギーを体全体に浴びることで、その力をダイレクトに体に取り込む。こうした目的もあったそうです。

 

丸い地球のど真ん中、マントルから地上に向けて吹き上げるマグマ。その熱とエネルギーを足から取り込み、全身で受け止める。頭上からは太陽光線が降り注ぎ、木々の間を縫って吹いてくる風に五体をさらす。

 

若芽を摘んだり、飲食を楽しんだり、詩歌を交わして男女が集ったり。現代でいえば森林浴や日光浴、バーべキューや野外コンパ&ライブ、こうしたものに相当するというわけです。

 

健康で快活に生きるためには、大自然の生命力を直接体に吹き込むこと。それこそが心身の健康を叶えるための秘訣になるというわけです。

自然の癒し

 

■癒しと緊張

そういうと、

 

「非科学的・・・」
「実証されてないね」

 

そんな言葉が聞こえて来そうです。

 

でも、天然の木材などに手を触れると血圧は低下し安定する。反対にガラス面やコンクリートなどに触れると血圧は上昇してしまう

 

こうした報告もあります。

 

自然素材は温かく人に安らぎと充足を与える。これに対して人工物は冷たく緊張とストレスを与えることが指摘されるのです。

 

体が緊張し、ストレス状態が続くと血圧が上昇し、体内で活性酸素が過剰になることがいわれます。活性酸素は“諸悪の根源”ともいわれる物質で、ガンや糖尿病などの原因になるといわれています。

 

私たちは自然との接触を日々心がけ、励行する。それが健康と若さを保つ秘訣ではないか?そんな風に思うのです。

 

 

■都市で生きるなら!

自然との接点、それは心身の健康を左右する事がらなのかもしれません。

 

でも都市生活者は土や木などの自然物よりも、スマホやパソコン、コンクリートやアスファルト、こうした人工の化学物質に触れ足り囲まれたりする時間の方が圧倒的に長いわけなのです。

 

周囲の河川は護岸でコンクリートで固められ、大地はアスファルトで隙間なく覆われ、山や丘は崩されて森林はビルになっています

 

深呼吸しようにも、空気だってそう清らかではないのです。

日本の河川

 

さらに極端な衛生主義のもと、土と触れたり、泥んこ遊びも”バイ菌の温床”として忌み嫌われ、ゲームのコントローラーに触れることの方が多くなっているのです。

 

自然は私たちから遠い存在になりつつあるのです。

 

1週間そこそこの短い連休を”ゴールデンウィーク”と呼んだりするなど、私たちは時間的にも自然と丸ごと触れ合う機会が限られしまっているのです。

 

野原で遊んだり、土に触れたり、ハイキングや森林浴を楽しむ、そんな時間も余裕もないままに都市のストレスに囲まれ続けているのです。

 

そんな都市に生きる私たちは、どこに自然との接点を求めればよいのでしょうか?

 

答えは「食」、現代人にはもはや「食」しかない。

 

土から離れてしまっているからこそ、自然との接触が難しいからこそ、自然界の摂理に即して作られた強いパワーの食べもの摂る

 

生命が持つ自然のエネルギーを体に取り込む、それがより一層求められていると思うのです。

 

「栄養学」をバイブルとしたサプリメントなどの健康食品は現代人の必需品のようになっています。学問を盾にこれらのものが氾濫していますが、いまだよく分からない栄養素は最低でも500~1000はあるといわれます。

 

本当はよく分かっていないにも関わらず、全てを知っているかのような顔をして不安を煽り人工の化学物質のカタマリを高額で売り続けている。

 

”○○の効果が!”とメリットばかりを最大限強調し、副作用などのデメリットについては一切無視し押し黙る。それが今のサプリ旋風の偽らざる姿ではないか?と思うのです。

 

■生命あるものを頂くこと!

食とは細かな栄養素を体に入れるための営みではない。

 

食の本質は、他の生命を食べることで自らの生命を維持し広げるためのもの。その様を私たちの祖先は「いただきます」という言葉に込めて今日まで繋いできたのです。

 

いただきますという言葉には他の生命に対する感謝と供養の意味が込められているのです。

 

生命あるものを食べ、その力を元に体とココロを運営すること。それが食の本質であろうと思うのです。食べものがクスリのように扱われ始めて久しいのですが、今こそ再び、「いただきます!」に込めた精神を思い返したい。

 

サプリメントにどれだけの栄養が含まれていようとも、そこに「生命」は存在しない

 

自然界の摂理に則して育った力強い生命を頂くこと。そこにこそ、食の役割があり、食の意味があるのです。

 

米・味噌・野菜、口に入れる頻度が高いものはきちんと選び確保する。そしてたまにはどこかに出かけて大自然と触れ合う、そうした生き方が許される状況を願いたいものです。

 

今回は自然とのふれあいと私たちの健康について、考えてみました。

 

■このページのまとめ

・日本人は旬や鮮度にこだわる世界一うるさい消費者

・フランス料理など欧米は長期保存を前提した料理法

・食用植物が乏しい欧州は家畜や酪農など動物性たんぱく重視

・貴重で必須のコショウの確保を求めて大航海時代は始まった

・日本人が旬や鮮度にこだわるのは大自然の力を体に入れるため

・都市生活者が自然と接触するには生命力の強い食材を選ぶことが大切

・いただきますとは生命あるものを体内に摂り入れる食の本質をついた言葉

・いまだ分かっていない栄養素は最低でも500~1000くらいは存在する

・サプリメントに栄養はたくさんあっても生命は存在していない

 

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