野菜栽培で失敗しない!農業者が行うべき環境整備とは!?

野菜作りで大切なポイントは何でしょう?肥料・農薬・生産者の腕、色々あるのでしょうがココでは野菜の側から見た生育に適した栽培環境の自然について考えてみます。
■目次
1、野菜栽培で大切なのは!?
2、相手の立場に立つことができるか!?
3、野菜だってツライ!過酷な栽培環境の実態は!?
4、ココが問題の有機農業・ポイントは質と量にあり!
野菜は自分の子供だから。
野菜作りの生産者はよくこう言うわけです。
愛情をたっぷりかけて、毎日毎日足音を聞かせて、自分と一緒に成長していく。それが愛情たっぷりの美味しい野菜の秘訣となる。
こんな感じでよく語られるわけなのです。
でも、その愛情は本当に野菜にとって必要なものなのか?人が良かれ!と思ってすることが野菜にとっては、
”甚だ迷惑!”
このように裏目裏目になって出てしまう。そうしたケースだって珍しくないのです。
■生命のコミュニケーション
「相手の立場に立つ」
コミュニケーションの世界において、この重要性が声高に叫ばれます。
”相手を尊重しよう!”
”もっとヒザ詰めで向き合おう”
そんな風に言われて、やってみよう!と決意した次の瞬間から元の自分に戻ってしまう。
「言うは易し行うは難し」
相手の立場に立つことはかなり高度で難しいことでもあるのです。野菜を栽培するに当たっては、
どれだけ作物の立場に立ってあげられるか?
結局のところ、ココに尽きるわけなのです。
■野菜をもっと心地よく!
大雨でずぶ濡れになる。
そうなると私たちは直ちに衣服を着替えたいと思うわけです。濡れた体を乾かし、温めたい。誰もがそう思うのです。
それは野菜だって同じ。同じ生き物なのだから、水に濡れたら早く乾かしたいと思うのです。
にも関わらず、水はけの悪くいつまでも渇かないような土だったら、苦しくてつらい状況が長く続いてしまう。その結果、虫や病原菌に見舞われやすくなり、農薬を使わざるを得ない自体に陥るわけなのです。
また葉っぱに泥や土が乗れってしまえば、野菜には大きなストレスになってしまいます。
私たちも体のどこかに泥がついたら落としたいと思う、それは野菜も同じというわけです。また隣の大根との間が狭くて充分な間隔が確保できなければ、これまたツライ状況になる。
風通しも悪くなり、葉が重なり合ってしまうため太陽の光が当たりづらくなってしまうのです。もっと広い場所で手足を伸ばして快適に過ごしたい!そんな風に思うものです。
スシ詰めの満員電車に揺られるのが苦痛なのと全く同じというわけです。
■有機農業の問題点は!?
有機農業は環境保全型農業。
そんな風に言われたりもしますが、家畜の糞尿や残飯などがリサイクルの名のもとに肥料として田畑に投入されます。
一反(300坪)当り、何トン何十トンもの糞尿肥料をバラ撒かれてしまうのです。
私たちがクサイ臭いや汚物が散乱しているようなところがイヤなように、野菜も同じように感じるものなのです。
”ツライよ、苦しいよ”
”こんなもの食べれないよ”
そう野菜たちが呻く声。発酵も中途半端でほとんど生のような糞尿肥料が「環境保全型農業」の名のもとにごく当たり前に行われています。
また最近は河川のヘドロを田畑に投入するケースもあり、有機認証制度でもそれを認めるようにと圧力をかける動きも見られます。
今でも減農薬・低農薬などのいわゆる安心野菜と呼ばれるものにはヘドロ・汚泥肥料などが使われていることも事実なのです。
そんな風にしてて育てられた野菜が、本当に安心・安全と呼べるものなのかどうか、疑問が拭えないわけなのです。
野菜が快適でノビノビと育つことができる環境とはどんなものか、相手である野菜の身になって考えることが農業者には求められる。
買う側である私たちも、より自然でより安全に育てられた生命を日々口にしたいと思うのです。
自然で安全な野菜は自然で安全な生育環境から作られる。
そのことを踏まえる必要がありますね。
■このページのまとめ
・野菜の気持ちになることが大切 ・自分が野菜だったらと問いかけてみること ・有機肥料は質と量を踏まえて投入する必要がある ・ヘドロなどの産業廃棄物がリサイクルの名の下に投入されている ・安全で自然な野菜は安全で自然な環境整備によって生み出される |
■次へ:『甘いものは美容の敵!?血糖値と脂肪蓄積に見る糖と体の自然とは!?』
■前へ:『良薬口に苦しは本当か!?自然な味覚のジャッジから真偽を判定! 』
■TOPへ:無投薬・無医療の生き方マガジン